前回、Obsidianにノートを作るときは三種類(+一種類)に分類していますというお話をしました。
日誌ノート(とりあえず書く場)
構造ノート(問題意識に基づいて文脈を作る場)
結論ノート(ある問題に対しての解答を模索する場)
覚書ノート(問題意識の伴わない情報を置く場)
今回は、これらを実際どのような形態で分類して活用しているかを記していきたいと思います。
まず原則として、分類はタグによって行い、フォルダ分けは明確に必要を感じた時のみ実行することにしています。(理由は最後に書きます。)
0. 日誌ノート
Obsidianの「デイリーノート」の機能で作られるページのことです。デイリーノート専用のフォルダを設定することができるので、今のところ月ごとに日誌ノート用フォルダを作って管理しています。
日誌ノートに限っては専用のタグは作っていません。前々回の記事に書いたように年月日タグ(YYYY/MM/DD)だけを設定しています。
1. 構造ノート
構造ノートは、自分の問題意識に基づいて複数のノートを構造化し、文脈を与えるためのノートと説明しました。
前回の繰り返しになりますが、例えば「情報管理の基地としてObsidianを活用するには」というような「○○するには」の形で表されるものです。主語は自分自身だけでなく、例えば「世界の人々が寛容になるためには」といったものも含まれます。
構造ノートの分類に使用しているタグは以下の通りです。
#01構造/構築済
#01構造/構築中
構造ノートについては、「文脈が出来上がっている」「まだ模索中」の二つの状態で分けています。自分の考えの方向性がほぼ明確になれば「構築済」タグをつけることになります。つまりその問題意識について「持論が生まれた」ということを表します。
ただしそれは「完成」を意味しているわけではなく、その後も手は加え続けます。ひとまず「構築済」のタグをつけられる形になることを目指して「構築中」のノートに繰り返しアクセスし、自分の考えを固めていくことになります。
2. 結論ノート
結論ノートは、「結論を出すことを目指すもののノート」であり、或る仮説やアイデアに対して、それが正しいのかを検証したり、どんな手法があるかを考えたり、実現するための道のりを検討したりする場です。
結論ノートの分類に使用しているタグは以下の通りです。
#02結論/自分がすること
#02結論/世界の在り方
結論というものは、最終的には「私は~するのがよい」「世の中は~であるのがよい」の二つの方向性に集約されると考えています。つまり、「私がすること」と、「私は関われない領域で、他の誰かにしてほしいこと」の二つです。そのどちらかの結論が出ることを目指して考えるものが結論ノートということになります。(事実の分析の類は次の覚書ノートに含めています。)
自分以外の人に関わることでも、自分がアクションを起こすものならば「私がすること」です。例えば「○○はAさんに依頼する」というノートがあったとすれば、〇〇をやるのはAさんですが、Aさんに対してアクションを起こすのは私です。「世界の在り方」タグがつくのは、タグの名前通りもっと一般的で抽象的な思索のノートです。
例えば、「ツールのノウハウはnoteに投稿する」というノートには「自分がすること」タグが設定されます。ノートの中身は、他の場との比較検討や具体的な工程の模索などです。
一方、「××を守る法が整備されるべきである」というノートには「世界の在り方」タグが設定されます。ノートの中身は、現状の分析と自分の思い、理想や展望などが書き連ねられることになります。
「世界の在り方」タグがついたノートは、こうなってほしいという願いがありながら現時点で自分が具体的にアクションを起こすことはできないものですが、自分の立場や環境が変わったときにアクションに繋げられる可能性があります。時々タグを見返して、自分が具体的な行動を起こす機会を常に探せるように潜在意識を刺激することが、このタグの存在理由です。
3. 覚書ノート
覚書ノートは、「○○するには」とか「△△したい」といったベクトルを持たない情報全般です。
覚書ノートの分類に使用しているタグは主に以下の通りです。
#03覚書/Log
#03覚書/Record
#03覚書/Reference
#03覚書/Maxim
#03覚書/Impression
「Log」は単発の記録全般です。読んだWeb記事のURLのリストからその日見た夢の記録まで様々です(適宜下位タグを作ります)。日誌ノートの覚書欄(【Obsidian】デイリーノートの作成と活用参照)に数行書いて済む場合はわざわざ別にページを作りはしませんが、内容にボリュームがある時は日誌ノートから切り出すような形でページを作成し、このタグをつけます。
「Record」は議事録・定点観測・レビューの類です。進行している事物について、その時点の様子を記録したものというイメージです。
「Reference」はよそから仕入れた情報の類です。下位に「Book」「テレビ・ラジオ」「Web記事」などのタグを作っています。
「Maxim」は格言・名言の類です。論語や名言集の一文から、著名人の言葉、小説や漫画の台詞、RTで見かけたツイートなど、自分に響いた言葉を何でも集めます。自分で生み出した格言も含まれます(下位に「Mine」タグをつけます)。
「Impression」は結論のない感想の類です。なんとなくこう感じたとか、自分はこういう癖がある気がするとか、それ以上具体的に行動や思索に繋がるわけではないけれど書き留めておきたいこと全般にこのタグをつけています。
今のところはこの五種類に振り分けて整理がついています。
タグを使う理由
フォルダではなくタグを使って管理するのにはいくつか理由があります。
まずObsidianのタグは階層を作れるということです(途中で実装された機能のようですが、素晴らしいアップデートだと思います)。
親タグを選択すれば子タグも全部抽出できるのが非常に便利です。ワンクリックでできるというのがポイントです。
次に、ページを複数の分類に所属させることができる点です。今のところおおよそMECEではありますが、内容によっては構造と結論と覚書が必ずしも絶対きっぱり分類できるわけではないことがあります。
更に、途中で性質が変化していくこともあります。結論ノートとして作り始めたけれど、問題意識の規模が大きくなってきてリンクが増え、構造ノートとして整理し直したり。一度結論を出したけれど、前提条件の変化などで結論が根本的に大きく変わってしまったために、「条件が変わる前のログ」として覚書の「Record」に入れることにしたり。その間の曖昧な状態のものは両方のタグをつけて様子を見たり。
また、一緒に表示されてほしいという理由でノート自体の性質とは異なるカテゴリのタグをつけることもできます。
そして何より、操作が素早く出来ることです。「#」の後に文字を打てばサジェストが表示され、「#01」と打っただけで「#01構造」「#01構造/構築済」「#01構造/構築中」が候補に並びますし、「#m」と打っただけで「#03覚書/Maxim」をすぐ選択できます。これは非常に効率的で、またそれ以上に楽しいです。分類が「しなければならないもの」ではなく「やると楽しいもの」になるのです。
まとめ
タグペインに並んだ状態はこうなります。
実際には必要に応じて下位のタグをいくつか作っていますが、基本的にはこの区分と年月日タグとキーワードの検索で目当てのページを抽出しています。
この分け方はObsidianを使い始めてから思いついた分類ですが、それまでのもっと形式的な分け方よりずっと有効に働いており、自分の感覚に馴染んでいるように感じています。
ポイントになるのは、前回も書きましたがこれらが「自分の問題意識」を軸にしているということです。もう一度分類を並べましょう。
日誌ノート(とりあえず書く場)
構造ノート(問題意識に基づいて文脈を作る場)
結論ノート(ある問題に対しての解答を模索する場)
覚書ノート(問題意識の伴わない情報を置く場)
「自分は何を疑問に思っているのか」に沿って構造ノートを用意し、個別の問題について「自分は何が正解だと思うのか」を考えて結論ノートを作る、という流れを明確にし、そしてそれ以外の情報を「問題意識とは直接関係のない領域」としてまとめること。これが、私にとって頭の中での区分けと一致した自然な捉え方なのだろうと思います。
他の人にも馴染むのか、それとも全く馴染まないのか。それは私にはわかりませんが、とりあえず私はすっきりしたので共有してみました。誰かの参考になれば幸いです。