Noratetsu Lab

動じないために。

2024年3月

2024/04/01

今月の振り返り(2024年3月)

 月ごと振り返り記事3月分。昨日記事を投稿したので日を改めることにしてまた翌月頭になってしまった。

2024/04/01

エイプリルフール

昔はそれなりに面白がっていたけど最近はそのエネルギーがない。

自分が人に嘘を仕掛けるとかは全然しないけど(紛らわしい振る舞いはするのもされるのも好きじゃない)、各企業とかゲームとかがエイプリルフール企画をやっているのを前は結構楽しんでいた。

でも最近は一瞬で一日終わってしまうというか、既に色々と詰まっている日常にエイプリルフールという非日常が入るスペースはない。別にネガティブな気持ちはないのに「イベント」的空気に圧倒されて疲れてしまう。

多分この疲労感は、エイプリルフールだということを当日かせいぜい前日に認識するという後手に回っている感が引き起こしていると思う。一週間前とかから意識していればちょっと違うんだろう。(でもそこまで楽しみにする気持ちはないなあ。)

2024/03/31

結局考え事はどこでしているか

 ここまで色々ツールの使い方について考えてきた。今回は「考え事」に焦点を当ててみることにする。

2024/03/31

ディスカバー・ビートルズⅡ最終回

「ディスカバー・ビートルズⅡ」が今日最終回を迎えた。

ディスカバー・ビートルズⅡ - NHK

来週から聴けないのは寂しいなあ。とても楽しかった。

特に印象的だったのは和田唱さんによるレコードのマトリックス解説。いやあ、これにこだわり始めたら果てしないな…笑 でも自分の耳でもわかるほどマトリックスによって違いがあったのでこだわるのも尤も。

ビートルズの曲はそれなりに聞いていたけど(親がファンなので)、知識としてはほとんどないに等しかったので色々と興味深い話を聴いてかなり解像度が上がった。元々の素養がないせいでお話を十分に吸収できなかったのがもったいなかったなと思う。

素晴らしい番組をありがとうございました。Ⅰの再放送とかしてほしいな。

 

過去の投稿

2024/03/30

土であって種ではない

 これまた年単位で前のものですが、こちらを聞き返しました。

 話の趣旨に沿っていたり沿っていなかったりな感想的メモを残しておこうと思う。

2024/03/26

メモとノートと書き物と文脈

 結構前のものですがうちあわせCastを聞いていて考えたこと。

2024/03/25

総合的に楽しくない

昨日楽しさが生む虚しさで「楽しんでいるが虚しい」ということを書いた。

で、全体の雰囲気として最近の自分の気分は楽しいのかと言うと、正直言って楽しくない。あははっと笑ってはいるがハッピーではない感じ。

続きを読む(ネガティブ注意)

まず書くのが楽しくない。今月は割と色々書いているけど、なんだか急速に嫌になってきた。ちょっと前から嫌になっている。止まったら負けな気がして半ばやけくそで書いている。何かを偽っているわけではないので書けばそれなりに自分に役立つ文章が生まれる。楽しくなくても書き続けられる人間になることは私にとって重要なことだ。でも温かい気持ちはないので人との交流的な要素を含む投稿はしばらくやめておこうと思う(例えばトンネルChannel)

プログラミングはやることがなくなったのでここのところやっていない。必要があってObsidianのプラグインはちょっといじったけど、それだけ。自作ツールについてわくわく考えることはなくなってしまった。そういうことをするエネルギーが足りていないと感じる。こだわるのが面倒くさい。

あと最近思うのは、お菓子を食べてもあまり嬉しくないということ。味は正しく感じていると思うけど、どうも幸福感がない。

表層で軽くケラケラ笑って、深層では心が動いていないこの感じ、もしかすると鬱の気配が忍び寄っているのかもしれない。

2024/03/24

「文脈エディタ」としてのアウトライナー

 メモ術・ノート術・執筆術について考えていた。その中で、アウトライナーに別の名前を付けるとしたら「文脈エディタ」だな、という結論に至った。

2024/03/24

楽しさが生む虚しさ

最近とても楽しめるものができて、あははっと笑って過ごしているけれど、同時に虚しさに襲われるようになった。いや元々虚しいので虚しさに襲われること自体は今始まったことではないけれど、今感じている虚しさの大きさにちょっと慄いている。

「あははっ」→「すん…」の高低差が広がったからかとも思ったけれど、なんかちょっと違う気がして、これはなんなのか考えていた。

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で、思ったのが、多分その「楽しめる」というのが「お客さん」としてのものだからだろうということだ。誰かの話に笑う、誰かが作ったものにハマる、それは間違いなく楽しいし、そういうものはないよりあった方が良いと思う。ただ自分の楽しみの形が「何かを受け取って、気分が良くなった」ということしかない場合には、気分が良い割に自分の人生は一歩も進んでないことに目を向けてしまった時、底知れない恐ろしさに襲われる。

この感触を味わった時、「とにかく金を払う」という選択が生まれる理由を少し解ったような気がした。虚無が忍び寄る隙間を生まないように思考の全てをそれに向け、それを支えることを「自分は前に進んでいる」という証と感じて貢ぎまくる。時間が経過すればその対象は何かしら変化するわけで、それを追いかけることで時間経過と一緒に自分も前に進んでいるはずだと考える。

推しや趣味にたくさん金を使っている人がみんなこうということではない。ただ、この虚しさをどうにかするにはどうしたらいいかを考えた時に、そういう選択肢の可能性に思い至ったのを考えると、これは自分の中では現実味のあるルートだ。自分自身がそのようにする気はないにしても。

 

自分を楽しませているその人、そのモノの作り手と違って、自分はなんとつまらない存在だろうか、なんていうこともふと思う。これは結局解決することのない「何者」問題であり、自分をつまらないと思おうと思えば自分の実態とは関係なくつまらないと思い続けられてしまうわけで、どこまでも不毛な自己否定だ。どうせ人気者になっても億万長者になっても「本当の自分はつまらない存在なんだよな」と思うに決まっている。実際、どう見ても個性的な著名人がそういうことを言って悩んでいたりする。

でもやっぱり思ってしまう。自分はなんとつまらない存在だろうか。

まあ、最近自己肯定感が上がるイベントが全然ないから余計にそう思うのだろうと思う。あとは単に、死にものぐるいになってなくて頭が暇ということだ。

2024/03/20

ガラスの城(2024年)

年始の松本清張原作ドラマ化、『ガラスの城』の方も見た。

テレビ朝日開局65周年記念 松本清張 二夜連続ドラマプレミアム 第二夜 『ガラスの城』|テレビ朝日

なかなか面白かった。というか、『顔』と比べてこっちは「これはギャグなのか?」と思う感じでなんだか可笑しかった。実際、最後の1/4くらいを除いてギャグだったと思う。

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波留の演技に笑ってしまった。社員旅行の次の日にオシャレした姿で出てきた時は吹き出した。最後まで見ると「笑っちゃいけないところだったかも」と思ったけど。

ずっと「一見イケてる会社にありがちなこと」みたいな風刺的表現に笑いながら見ていたけど、最後に的場郁子(波瑠)が三上田鶴子(木村佳乃)にどういう感情を抱いていたかが語られると不覚にも涙してしまった。『顔』でもそうだったけど、なんというかこう、二次元で心情描写の解釈についてかなり鍛えられた状態で見ているので、「他の人にはちっぽけなことでもこれはこの人にはきっと人生が変わるほど大事なことだっただろうな」みたいなことに思いを馳せてしまう。そういう癖がついている。

三上の語りでは部長の不倫相手候補になっていた二人が、実は二次元オタクで社員旅行の夜には三次元男と会ってなんかいなかった、という展開にすごいウケてしまったんだけど、その二人を始め登場人物ほとんど全員が表面的な印象と本当の内面が違っているというのがちょっと考えさせられた。別に全然珍しい描写ではないけど、「そりゃそうだよなあ」という気持ちがなぜだかしみじみと湧いた。後半でその女性社員二人が郁子に本音を吐露しているところと、最後に郁子の元に駆け寄るところが良かった。(良かったけど、最後なんで社員たちがあの場所に来たんだ?)

それはそうと「非公開のSNSダイアリー」というのがちょっとよくわかんなかったんだけど、「手記」というのが現代では無理があるという判断だろうか。あんまりリアルタイム感は重要じゃなかった気がするし、普通に日記か何かで良かったと思うんだけど…。

細かいところをつつき始めればキリがないけど、見ていて面白かったので特に不満はない。ソムリエみたいにドラマ見てるわけじゃないしね。

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