Noratetsu Lab

動じないために。

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トンネルChannel

リンク:トンネルChannel | 倉下忠憲@rashita2 | Substack

倉下忠憲さんが開設なさったSubstackの参加型ニュースレター。

購読(※無料)するとメールアドレスに投稿が送られてくる。上記リンクからも全記事読むことができる。

 

https://tunnellingchannel.substack.com/about

インターネットで行われる新しい「対話」の試みです。

レター発行者と購読者という構図だけではなく、複数のレター発行者で行われる対話。それも、ツイートのように140字の断片ではなく、ある程度のまとまりをもった文章を介して行われる対話。そういうものが生まれたとしたら、どんな変化が生じるのかを確かめてみたいと思います。

なので、購読者になっていただけるのも嬉しいですが、ぜひ発行者に名乗りを挙げてください。特に、気負う必要はありませんので。

 

のらてつの咀嚼・まとめ:Noratetsu Lab: トンネルChannel

のらてつの投稿分:のらてつ @Foam_Crab | Substack

 

知的好奇心向上委員会との関連

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「トンネルChannel」タグの記事一覧

2025/01/11

苦手なことはどこに整理したらいい?

(※トンネルChannelに投稿したものです)

 

他の人はどうやっているんだろう、と気になることが生まれたため、皆さんに尋ねてみたくて投稿します。

 

自分とはどういう人間であるかということを考えるために、今現在はTak.さん提唱のライフ・アウトラインを活用しています。自分が何を欲していて、どういう日々を送ることに努めるのがよいかということを考える上でたいへん役立っています。それまでにあちこちにメモして考えていたようなことをうまく集約するシステムを得たという感じです。

一方で、自分自身について考えるために必要な記述であるにもかかわらず、どうもその中に馴染んでいかない要素があります。それは自分が苦手なこと、嫌いなこと、避けたいこと、といったネガティブな自己分析です。

それに立ち向かうにしろ、回避を選択するにしろ、「こういう要素があるからこうしよう」ということは考えなくてはいけないわけですが、それは自分の欲望を考えることとは別の視点のような気がして、自分の中から湧いてくる種のものと一緒には扱いにくく感じています。

現状、そういう分析は色々なところに散らばった状態になっています。一応「結局何を心がけるのか」は手帳に書いていますが、答えが出るまでの検討が置かれるべきところが曖昧なのが気になっているわけです。ネガティブなことなので、専用の場を作る気にはなれないでいます。

 

ライフ・アウトラインやそれに類する方法を取っているかどうかとは関係なく、他の人が「自分にはこういうネガティブ要素があって、それにこう対処することにした」という要素を具体的にどういう場所にどう整理しているのかが気になりました。

投稿またはコメントで皆さんのやり方を教えてもらえたら嬉しいです。

2024/12/26

目次必要性の傾向を考える

情報整理のいろいろ - by 倉下忠憲@rashita2 - トンネルChannel

言及いただきありがとうございます。私の元記事の当該部分は少し自分の言いたいことに引き寄せすぎた書き方をしていてあまり適切ではなかった気がします。

 

つまり、特定の用途の”情報整理”においては目次はなくても成立する、ということです。逆に言えば、そうでない用途においては目次は必要だし、作れば活躍するということでもあります。

私もそう思います。同時に、その「用途」というのが、本の種類のようには自明ではないところに関心を持っています。

というのは、全く同じ種類の情報を、おおよそ同じ目的・用途のために扱っていたとしても、Aさんはこのツールで満足するけれどBさんは納得できないということが起こります。厳密に突き詰めていくと「やろうとしていることが違う」ということになるのだろうとは思いますが、一般的に「用途」という表現では区別されないレベルでの違いが個々人にあるように思います。

つまり情報の種類から客観的に決定できない領域がある、ということです。とはいえ「人それぞれだから何とも言えないよね」ということではなく、多くともいくつかのパターンで間に合う程度には類型化できるのではと感じているので、そのパターンを掴めたら面白いだろうと思っています。

 

掴んでいる感じ、掴めている感じ。そうした感覚の有無が、情報とのつき合い方に大きく関わってくる領域がある(そしてもちろんそうではない領域もある)

目次必要性を決めるのは「掴んでいる感じ」の実感を欲するかどうか。情報の種類が把握の必要性の有無をある程度は左右しますが、その度合いは個々人の性質によってグラデーションになるでしょう。

私は目次を作れないツールと仲良くなるのが難しいタイプですが(ということを確信したばかりです)、一方で目次が不要な領域ももちろんあります。しかしその領域というのはやはり狭い方なのでしょう。全体的に「掴んでいる感じ」を欲しています。他方、大半の領域を目次的な仕組み無しで扱っている人がいることも知っています。

そう考えると、用途別ということに加えて例えば「掴みたさ」の強度を基準に強・中・弱くらいに分けてそれぞれ適当なツールをピックアップしてみるというような試みもありかもしれません。傾向で語ることはツールの正確な理解には必ずしも貢献しませんが、しかし無意味なことでもないと思っています。

2024/12/16

手帳についての自分語りおよび来年の手帳・ノートのこと

手帳と私

「手帳とともにある生活」に漠然と憧れがあります。いや、憧れというより、そのようでなければ生活というものは完成しない、というような気持ちがあります。

それゆえ手帳を使うということをずっと試み続けていますが、「試み続けている」という状態から前進できている感じはしません。パートナーのような存在になっていかないのです。そもそもの話、自分が手帳に何を求めているのかが曖昧です。言うなれば、人を愛するイメージも人と暮らすイメージもないのに漠然と結婚した~いと言っているかの如き体たらくです。

かつて手帳が担ってきた役割というのは、その多くがパソコンやスマートフォンの中にあるアプリケーションに移っていきました。スケジュールもメモも連絡先も地図も、今となっては紙で扱う必要はあまりありません。デジタルだと電気とインターネットの状況、デバイスの健康状態に左右されるという理由で「念の為」紙にも情報を用意しておくということはありますが、デジタルでやれるならデジタルでやるという方が多くなっています。

「手帳とともにある生活」に近づけるために、これまで手帳の役割を増やすことを考えていましたが、それはつまり、既にデジタルでやっているものをわざわざ紙の手帳に戻すということになります。手帳がなくても回っている生活に、手帳を使いたいがために変更を加えるということです。このように言い表すと土台無理なこと(あるいは余計なこと)をやろうとしている感が滲み出てきます。

 

ところで、現時点で手帳を全くまともに使えていないのかというと、実はそんなこともなく、バイブルサイズの6穴システム手帳に自前のA6紙をセットしたものをずっと使っています。むしろほぼ毎日開いています。

しかしながら、それでも「手帳とともにある生活」を送っている感覚はありません。このシステム手帳の役割は「参照」に限られていて、サッと確認できなくてはならない各種の情報や、あるいはWindowsのショートカットキーや正規表現の書き方など画面の外にあると嬉しい情報といったものを入れています。ほぼ毎日開いてはいますが、新たに書き込むことは稀です。つまり、対話がないのです。

やはり「ともにある」「パートナーである」という感覚のためには対話が必要でしょう。実際にはあくまで壁打ちの壁であって対話相手は自分自身であるにしても、過去の自分を保存し未来の自分に向けてそれを放ってくれることで対話を成り立たせる、その役目を担ってくれるかどうかが「パートナー」と言えるか否かを決めているように思います。

ここで、二つの選択肢が私の中に生まれました。ひとつは、手帳にパートナーとしての役割を担ってもらうこと。それは私がずっと手帳に対する憧れとして抱いてきた道です。もうひとつは、パートナー感に飢えることをやめ、「参照」のために使うと割り切ること。イメージとしては最強の「生き字引」になってもらうことです。

いやそもそも生きてないしそれはただの字引だろう、というツッコミが入るに違いありませんが、手帳を最強の字引にするには私が育てなければなりません。現時点の私の手帳はまだまだ頼りないものです。その意味で手帳には生きもの的側面があり、やはり単に字引というよりは「生き字引」のイメージがより相応しく思えます。

そして、私は後者を選択することにしました。対話相手は既に別のアプリケーションが務めてくれています。なんとなく、無機質なデジタルツールをパートナーとは思いにくいところがありますが、幸い最近は特定のアプリケーションへの愛が深まっています。今ならそれらをパートナーと表現して構わないと思え、そうであれば無理して手帳をパートナーにしなくてもいいだろうと。同時に、「生き字引」として傍に控えていてくれるイメージを持つことで「手帳とともにある生活」として納得がいくのではないかと思うに至りました。

 

来年の手帳・ノート

ということで本題です。来年は以下のような編成でいこうと思っています。

  • アナログ

    • バイブルサイズ6穴システム手帳

    • A5サイズ綴じノート(無地)

    • B5サイズWリングノート

  • デジタル

    • Capacities

    • SoulLinkMap

    • Dynalist

    • Googleカレンダー

ノートとしては基本的にA5サイズのノートを使っていますが、これはどうにもデジタルでは表現しがたいことを手で書く(描く)ためのもので、使用頻度はそれほど高くありません。今のところタブレットを使っていないため紙のままになっているのであり、ゆくゆくは消滅する役目かもしれません。

他に雑学的なものをメモする雑記帳として、ページ数の多いB5ノートを用意しています。以前は小さめのノートを使っていたことがありましたが、この用途では紙面が小さいことには何もメリットがないと気がついたのでB5サイズになりました。デジタルツールのどれかに書くことにしようとしていたこともあったものの、検索するよりパラパラ見られた方が良く、デジタルである必要が全くないのでデジタルツールから引き上げました。

デジタルツールについては、スケジュールはやはりGoogleカレンダーに頼ることとして、それ以外の個人的なメモおよびノート要素はCapacitiesSoulLinkMap、Dynalistの三つのアプリケーションに担ってもらうことにします。この形態はつい最近確立しましたが、三本柱として私の中で非常に納得感があります。(ツールの話は個人サイト内で諸々書いています。)

三つの役割を書き表すとこのようになります。

  • Capacities

    • 日々の拠点にする(デイリーノート)

    • タスクおよびプロジェクトを管理する

    • 「あれ」と指せる類の情報を保管する

  • SoulLinkMap

    • 文章で説明するほかないもの(考え、アイデア、概念等)を収集・編集する
  • Dynalist

    • 文章を書く

    • URLを保存する

例えば読書メモ、Web記事のメモ、自分が思いついたことのメモ、といったものは全てSoulLinkMapに取ります。所謂「勉強」もSoulLinkMap上でやっていこうかと思っています。

このような感じです。未だ嘗てなくスッキリとした気分でいるので、少なくとも手帳・ノートに関しては気持ちよく新年を迎えることができそうです。

2023/09/15

どうやって文章を書いているのか

今月のお題、「どうやって文章を書いているのか」について私も改めて書いてみたいと思います。

2023/09/09

脱「運頼み」の道のり

2023/08/19

迷わない、手を引いてもらえる、足を引っ張られない

興味深い投稿が続いてとても楽しいです。使っていて自由を感じるツールだ、と言った場合に関連する要素というのは複雑に絡み合っているなと思いました。

2023/08/13

解釈の余地がない且つ無限の解釈があり得る

 WorkFlowyとScrapboxの共通性がどこにあるかという話が話題にのぼっていたので、ちょっと考えてみました。

2023/08/06

チェックボックス依存症だった私

こちらの投稿に関連しての考え事です。

こちらを読んでぼーっと考えている時にふと思い至りましたが、そういえば少し前まで「チェックボックスを用意して、チェックしていく」ということに妙に囚われていたような気がします。

2023/07/25

上半期の振り返り

何ヶ月分か意図せずお題をスルーしてしまいましたが、今月の分について滑り込みで書いてみようと思います。「ノウハウに何を求めているのか」の方はたまたま昨日の投稿がカバーしたかなと思うので、今回は「上半期の振り返り」についてです。

2023/07/24

良い書きっぷりを目指す

こちらの投稿を読みました。

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