Twitterのような短文投稿サービスは二つの意味で書きやすい。
ひとつは「140字未満でオッケー」というケリのつけ易さ。もうひとつは「人に見られていると思うときちんと書きたくなる」という気持ちの面でのドライブ。これらによって、一定以上文章化が得意な人は果てしなく書き続けられるだろう。
そしてTwitter系のサービスの良いところは、検索というフィルタリングをすると条件を満たすツイートがそのままの見た目で並んでくれること。内容を確認するためにクリックする必要はない。検索画面然としていないというのはそう当たり前のことではないと思う。
そういったことが便利なので個人用のメモとして使うという人もいる。わざわざSNS風にデザインしたメモアプリもたくさんある。
とはいえ、短文投稿サービスそのものは編集もできないし並べ替えもできないし分類もできないしで、ノートツールとして利用するのは心もとない。
といって、Twitterに書いたことをTwitter以外で管理しようとすると、これが途端に難しくなる。Twitterに「意味のあること」を書き散らしてしまうタイプの場合、その後の扱いに困っているという人が少なくないと想像する。
デジタルノートツールは数あれど、SNS的な短さの記述を大量に扱うに向いているツールというのが案外ないのだ。
ひとつひとつにそれなりの意味が含まれているならばカード的なツールがいいんじゃないかと思うかもしれない。しかし短文投稿というのは何年か続けると万単位の件数になる。それら全てが意味のあるポストではないとしても、何百とかで収まるものではないのは明らかだ。
何千件何万件のカードを、タイムライン的なビューなしに扱うのはちょっと厳しい。現状のカードっぽいツールだとTwitterのような一覧性はあまり伴わない感じがする。
ひとつあたりの短さだけに注目して付箋ツールを使いたくなったりもするのだが、繰り返すが何千件何万件の世界である。付箋ツールでは一瞬で限界が来る。
短文投稿サービスの良いところはもうひとつある。それは全てのポストに固有のアドレスがあることだ。URLを記述すればリンクが形成される。このことによって、ひとつの話題を一度に言えなくても後から結びつけて続きを書けるようになるので、「今言えることをとりあえず言う」ということがしやすくなる。また、ひとつのポストのURLを複数に貼れば、話題を枝分かれさせることもできる。
ツイートを全部コピペしてテキストエディタに貼るとしよう。そうすると個々の記述はアドレスを失う。記述と記述の間に結びつきを作るのが難しくなる。そうなると話の流れというのは直接の並びによって認識するしかなくなって、SNS上にあるより不自由を感じることになる。
よって、記述を個別に扱えて、他の場所から「あれ」と指し示せることは重要だ。
ところで、この記述というのはなんなのだろうか。Twitterなんかに投稿する内容は人それぞれだろうから「SNSに書くもの」を定義することには意味がない。ここでは、あることについての説明や主張など、長期的に意味をなす短文について考える。
これは「メモ」というよりは「ノート」だろう。後々より完成度の高いノートを作る過程で消費されていくかもしれないが、その作業をするかどうかはその人の志次第で、そこまでしなくても既にノートとして成立していると思う。
しかしながら、その粒度の小ささと数の多さ、内容の種類の雑多さによって、いわゆるノート術がそのまま適用はしづらい感じがある。メモとも性質が違うのでメモ術も当てはまらない。
日記をマメに書く人は、日記の中にこの種の記述が溜まっていくことになるかもしれない。日記に書いたという時点でそれは目的を達成している、と考えればそれ以上何もしなくてもいいが、もしもそれを「発展させていくもの」として考えるならば急に扱いが難しくなる気がしている。まず続きはそこに書くのか、それとも「続きを書いている日」の日記に書くのか。何の続きなのかをどうやって表記するのか。やりようは色々あるにしても、ちょっと頑張った工夫が必要な感じがある。
この手の記述を、ひとまず「マイクロノート」と呼ぶことにしておこう。マイクロノートはそれひとつでもう完結しているかもしれないし、何十も連なるかもしれないし、何重にも枝分かれしていくかもしれない。SNSでは当たり前に見られる風景である。
このマイクロノートを、SNSではない個人的なノートツールでうまく扱うにはどうしたらいいか。ひとつひとつにアドレスがあってほしいとなると、行単位でリンクを持つようなツール、つまりプロセス型アウトライナーのようなものか、ブロック単位でリンクできるNotionのようなものということになる。
他にあるだろうかと考えてみるが、どうだろう、私も詳しいわけではないので断言することはできないが、いまいちこれというものは思いつかない。カード風のツールならある。しかしビューはTwitterのようには見やすくない。
現時点ではプロセス型アウトライナー(私の場合はDynalist)が現実的かなとは思うものの、それは単に「行単位で扱える」という点に照らしただけで、構造化されていくとは限らない数千ノードを扱うのにアウトライナーが向いているとも思えない。無理ではないが、ドンピシャではない。
Notionだと、ブロック単位でアドレスを持つものの検索結果がページ単位だから、やはりTwitterのようにはいかない。いっそデータベースで1レコード1マイクロノートの形にした方が検索という意味では良いが、コピペで一気に移すということが全然できなくなるので、テキストデータとして硬直的になり過ぎる感がある。
どれも一長一短で、それよりSNSに分類機能と編集機能、まとめ機能があったらな、と思ってしまう。実際にそれらを実装してほしいかというとそういうことではないのだが、要するにTwitterがすごく画期的だったのだ。
外山滋比古が『思考の整理学』で「手帖」「ノート」「メタ・ノート」の三段階のノートについて書いている。マイクロノートはそのうち「手帖」に書かれるものとおそらく近いと思う。「要点のみ簡潔に書く」とあるので、他人が読める程度に整えたツイートとはちょっと文の質は違うだろうが、例えば「明日不燃ゴミ出さなきゃ」的なメモとは別という意味ではだいたい一緒のものである。
まず手帖に着想をどんどん書いていく。それには日付と通し番号を添える。通し番号があるので「このアイデア」と指し示すことができる。そして書いたらしばらく寝させて、後から読み返してまだ面白いものはちゃんとしたノートに植え替える。(つまり後日読んで意味を把握できるような文ということだ。)
これと同じ手順をデジタルのマイクロノートでもなぞった方がいいような気はする。問題は、タイムライン状にただただ並んでいても手帖のようにはパラパラ見れない(気まぐれに適当なところを開くというようなことがしにくい)ことかもしれない。冊子をパラパラ見るというのは大量の記述を高速に捌けるし、アナログの記述ならおおよそどこに書いたかという記憶もしばしば残っているので、検索機能がなくても割とどうにかなる。しかしデジタルデータは「位置」の情報を使いにくいし、スクロールでの確認はパラパラ見るより遅い上に目が非常に疲れる。
その不便さも相まってSNSに置いたままじゃなくてより扱いやすそうなどこかに移したいという気持ちにもなるのだが、しかし他のデジタルノートでもそれはなかなか解決できない。年ごとや月ごとに区切るくらいか。
外山滋比古の手帖のように通し番号を振るならば、マイクロノートがそれぞれURLを持つ必要はなくなる。ただ、通し番号というのは書き換えができないアナログだからこそ几帳面にやっていられるとも思う。ツールを替えてノートの形が変わっても維持できるかというと微妙だ。できる人はいるだろうが、私は難しそうだ。
結局未だ解決していない。理想の光景は紙の手帖にきっちり書いてそれが何十冊もバーンと並んでいるみたいなものだが、Twitterに書き込んだものをわざわざ手で書き写すのは馬鹿げている。
いっそのこと、Wordか何かにマイクロノートを並べて自動でナンバリングした上で印刷してしまったらどうか、なんてことも考える。せっかくデジタルデータになっているのをわざわざアナログにするのかという感じだが、実際やってみれば悪くないような気がする。ただ個人的に、それをやる気にはなれないでいる。
ちなみに自分でアプリケーションを設計することも考えてはいるが、メタデータが必要になる都合上、データの形式がどうしてもJSONなどの機械用のものになってしまって、普通にテキストエディタで外から編集できるような形にしづらい。もしスマートフォンから閲覧・編集したいとなったらスマートフォン用アプリも作らなきゃいけなくなってくる。現時点では厳しい。
理想のデジタルノートはどんなものか。今日も悩んでいる。
2025/04/24 9:15 一部加筆しました