アウトライナーのバレットに使用している記号。
DynalistにMagic CSSでCSSを上書きして、開いた状態のバレットに設定している。
「けいせん」と打って変換すれば変換候補のどこかに出てくる。
具体的なやり方→noratetsu/Lab|アウトライナー日誌:バレットを「┠」にしたらバレット感に邪魔されなくなった(Cosense)
動じないために。
アウトライナーのバレットに使用している記号。
DynalistにMagic CSSでCSSを上書きして、開いた状態のバレットに設定している。
「けいせん」と打って変換すれば変換候補のどこかに出てくる。
具体的なやり方→noratetsu/Lab|アウトライナー日誌:バレットを「┠」にしたらバレット感に邪魔されなくなった(Cosense)
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タイトルで全てを言ってしまっているのでこれで終わりでも良いかなと思っているところだが、さすがにもうちょっと何かは言えるのではないかと思うので少し考えてみることにする。
具体的にどういうことかと言うと、私のブラウザ上でのアウトライナーの表示をブラウザの拡張機能を使ったCSSの上書きによってちょっと変えて、「・」を「┠」に変えてみたという話である。
実物を貼ると、これが……
よって、アウトライナーに何かを書くならば箇条書きの形で書くことになるのだが、ツールの形式が箇条書きだと、「箇条書きにする」という意識が自分の中で強く働く実感がある。
つまり、「その要素を、そこに置く」という意識が生まれるのである。
こう感じるかどうかは人それぞれだと思うが、私は感じるので、「これはここに置くのだ!!!」という思いが生じようのない情報を書き込むことを躊躇ってしまう。バレットは私を邪魔するためにあるのではないのに、私がバレットの纏うオーラに近寄れないがゆえに勝手に萎縮してしまうのだ。
一方で、じゃあすっかり非表示にしてしまえばいいかというとそうでもない。バレットをなくしてしまうと、今度は前後の行と地続きになり過ぎる。全体が一体のものであるかのような気がして、全然無関係のものを並べてしまうと非常にカオスに感じる。テキストエディタにベタ打ちしてみると納得してもらえるのではないかと思うが、行頭にバレットがない状態でそれぞれ異なる文脈の文言を行間空けずに並べてしまうと非常に読みにくい。並んでいるのに全然関係がない、ということに自分の脳がついていけていない感じがある。
例えばこんな感じ(例示のためにScrapboxに書いた全く適当なものである)。
書いてすぐはいいが、後から見直すとなるとかなり辛い。そこにバレットをつけると……
なんということでしょう、それぞれを別のものとして認識できるではありませんか。行と行の間の空間は何も変わっていないのに、明らかに行の間で分断されていると感じる(少なくとも私はそう)。それでも、二つの行の間に実際関係があるならば、それらを関係があるものとして認識することも普通にできる。この場合では二行目と三行目に関係がある。
アウトライナーを使いたいと思うということは、まず前提として「複数の独立した項目を同時に扱いたい」という要求があるだろう。項目同士が関係するかもしれないししないかもしれないが、とりあえず自分の視界から外れてしまうと忘却の危険があって困るので、つまり脳の機能上の制約を理由としてそれらを限られた範囲に同居させる必要がある。アウトライナーを使っている間、アウトライナーは私の視界そのものである。
もちろん項目間の関係を見出すためという積極的な理由もあり得るし、アウトライナーは非常に自由なツールなので様々な理由で情報を扱うことになるだろうが、とりあえずは「項目」という概念がそこにあり、「項目」として捉えるということは何かしらの意味で「他の情報から独立している」という状態にあると言えるだろう。よって基本的には「隣の記述とは直接関係ないかもしれない」ということを感じる余地がある見た目になっていてほしい。つまり何らかの記号が冒頭にあってほしい(行間に線を引いたりすることも項目を分ける見た目としてあり得る選択だが、ここではそこまで分断されてほしいわけではない)。
ということで色々考えて私の中で決着したのが「┠」なのである。罫線の記号はディレクトリ構造を表現する時に当たり前に使われるので、見た目としては別に真新しいものではない。階層構造の中にある項目を示す記号としては普通の選択のように思える。
見返しに戻ってもらうのも手間だと思うので上で貼ったスクリーンショットをもう一度貼っておこう。