2026/03/15
アンチ無個性
自分は「面白いかどうか」をかなり重要視しているという自覚がある。
しかしそれは文字通りに「面白いかどうか」を重要視しているということではなかったのかもしれない。
人間の無個性な言動が嫌いで、アンチ無個性としての個性を求めている。「独特であればあるほどよい」とは思わない。「無個性でない」ことが肝で、あとはこっちで勝手に面白さを見出す。
「無個性な言動」というのは「その人に個性がない」ということではない。万人に個性があるにもかかわらず、無個性化して自分の個性がもたらす責任を回避しているような態度を指している。
無個性な選択というのは結局、自分ではない何かを判断の根拠にしているということだ。もちろんそれが常に悪いわけではない。問題は無個性であることの方を賢明かのように言うことや、個性の発露を押し流さんばかりに無個性のものが膨張していくことである。
流行に乗ることが正義というのもその点で総じて不快だ。流行っているものそのものを忌まわしく思うことは案外ない。流行っているものそのものは個性的なのだ。
