私もそうです!
ということで色々考えてみましたが、結論から言うと、きっと「見る」のと「やる」のは違うんだよね、ということです。
これは「手帳術を彷徨う不安定さ」を楽しいというよりも不本意だと感じて困っている人、に読んでもらえたらなという記事です。
手帳を使いこなせたためしがない
自分が辿りがちな経緯を可視化してみると。
なんとなく今の手帳がいまいちな気がする
↓
手帳術の本や記事を見る・手帳コーナーに足を運ぶ
↓
なんとなく「いいなあ」と思う
↓
手帳を買うor手帳術を取り入れる
↓
なんとなく最初はいい感じな気がする
↓
なんとなく続けるのが難しくなってくる
↓
他のやり方を探し始める
行動の起点、つまり「手帳や手帳術を見る」「手帳を買ったり手帳術を取り入れたりする」「断念する」の動機となっているものが、常に「なんとなく」なんですよね。こうやって整理してみると、私の場合どう考えてもこの「なんとなく」が諸悪の根源。
そしてなんとなく「いいなあ」と思ったりなんとなく「いい感じかも」と思ったりするのが判断を誤らせている気がしてなりません。
さてそれについて考える前に、どうしてなんとなく続けるのが難しくなってしまうのか、を整理したいと思います。
①フォーマットにハマれない
フォーマットがしっかりしている手帳や手帳術を見ると、なんだかすごく素敵だなと思います。そんなふうに自分もきっちり自分を管理して日々を過ごしたいという気持ちが湧き上がります。毎日充実しそうな気がするんですよね。
でも、実践してみるとなんだか合わない。フォーマットは目の前にあるけど、それに合った書き込みがうまくできない。結局埋まらなくてスカスカだったり、埋めようとしてちょっとした「でっち上げ」をしてしまったり。少しでもフォーマットが合わないと、それに自分が寄っていけなくなってしまう。つまり柔軟さがないんだろうなと思います。
そもそも、手帳術の紹介を眺めている間にも自分の中で次々気持ちが移り変わるように、自分が良いと思うフォーマットというのがどんどん変わっていってしまったりします。月単位とか、もっと早いと週単位とか。場合によっては朝と夜のメンタルの違いで調度いいレイアウトが変わったりもします。365日24時間、同じ紙面に書き込んで納得できるほど自分自身が安定していないんですよね。私の不安定さに対して、手帳というものは「ちゃんとし過ぎている」のです。
柔軟さがないくせにどっしり構えてもいられない。私の手帳に対する要求は鋼でできたアメーバのような厄介なシロモノなのだと気がつきました。すぐ逃げるところを考えると、はぐれメタルみたいなものでしょうか。
②気楽に書き込めない
そもそも「気楽に書き込む」ってなんだろう。「書き込むハードルを下げる」という意味合いなのは体感としてわかります。でもそのハードルの高さって、果たして手帳に対して肩肘張ってることが原因なんでしょうか。手帳を大事にしすぎている? 高価だからもったいない? なんだかちょっと違うような気がします。全く違うとは思いませんが、根本原因はそこじゃないというか。
心理的ハードルというものを作っている自分の中の無意識の気持ちになって考えてみると、単に「これには書き込みたくない」んじゃないのかなと。なんか嫌なんですよ、多分。つまり、いつも私の無意識は「そうじゃない」と私の意識に訴えていて、無意識のストライキの結果なんとなく書き込めなくなりもやもやしながら手帳から遠ざかってしまうのではないかなと。
(これは私の場合であって、手帳の海を彷徨っている他の皆さん全員がそうだというのではありません。各々異なる理由があると思います。)
でも手帳術・ノート術を見るのは大好き
ところで、自分が参考にするかどうか、或いは自分が手帳を使えているかいないか、ということとは無関係に、私は手帳術やノート術を眺めたり手帳コーナーに足を運んだりするのが好きなんだろうなと思います。
自分の生活には取り入れられないだろうなと思う例だとしても、見ていると楽しくなります。他の人たちがその人なりに手帳を楽しく使っている様子がとても気持ちよく見えるんですよね。みんな日々を工夫して幸せに生きてる、素晴らしい! みたいな。
そう、つまるところ「工夫」を眺めるのが好きなのです。そして私も「工夫」ができたらいいなと思って、「工夫」全般に憧れています。手帳術というのは全部が工夫で出来ているような、工夫の濃度が高いジャンル(?)なので、見ていて引き込まれてしまうんですよね。
ということは、(あくまで私は、ですが)自分が納得するレベルの「工夫」さえできれば、その対象は手帳でなくてもいいんだなと気がつきました。そう思い至ると、自分が手帳を通してしようとしていたのは「工夫のための工夫」だったのだとわかり、労力の空費サイクルから離れることができるようになりました。
例えば美術館に行って名画を見て「すごいな~」と思うとします。でも元々画家志望なのでなければ、「私も描きたい」とはあまり思いませんよね。憧れたからといってそれを取り入れなければならないわけでもないし、取り入れたいと必ず感じるわけでもない。ですが、手帳だとすぐ試すことができる上に、美術と違って自分に向いてないということがすぐにわからないために、いつまでも自分に合わないことにチャレンジしがちなんじゃないかと。
そう考えて、私にとって手帳術とは「鑑賞するもの」として落ち着きました。
もし参考にするものとして見るなら、画家が人の絵を見る前に自分の表現したいことと向き合うように、自分にとって手帳とは何か、を考えなくてはならない気がするのです。「なんとなく」で決めていてはいけない!
「然程重視していないこと」を整理する
私にとっての手帳を考えたとき、以下のことはあまり大事じゃないな、と思いました。
可愛いこと
デコりやすいこと
完璧なフォーマットが完成されていること
手帳から達成感を得ること
でも手帳術と言ったらこれらがプッシュされることが多いんですよね。何しろこれらのことは、私も自分にとって必要じゃないと思っていても「いいな~!」と感じますし、見ていると気持ちいいです。世の中にこういう手帳や手帳術がたくさんあるのは見ていて幸せなので、どんどん発信して欲しいと思います。
しかしながら、自分に必要な手帳はもっと無骨で淡々としたものなんですよね!
「より自分に合うもの」ということは考え続けたい
それならば私が重視していることは何か。それを冷静に考えてみると、要するに、
書き込みやすい
見返しやすい
保管しやすい
という三点だなと思いました。
書き込みやすいというのは、作りがちゃんとしていて扱いやすく、物理的に開き易くて、余計な罫などがなく、気を使わずにガサガサ書けるもの。
見返しやすいというのは、ピシっとしていて紙面がグラグラしたりせず、自分のルールで整理できるもの。
保管しやすいというのは、サイズが一般的なもので余計な厚みがなく、棚や箱にすっきり収まるもの。
正直フォーマットは後回し。というか、私の中で手帳のフォーマットは一生定まらないという気がしてきたので、定めずに続けられる汎用性があるものがいいなと。
そう考えると、私にとっては例えば普通の大学ノートとかが当てはまるなと思うわけです(実際に今は手帳の役割の一部をB5の大学ノートが担っています)。
重視する点、重視しない点は人それぞれ千差万別だと思うので、それを突き詰めていくのが大事だろうと感じています。
そういえば、日経ビジネスアソシエ(2018年休刊)の手帳術特集を過去にたくさん見てきましたが、飾らず実用に特化した使い方も色々紹介されていて、それらは見るたび圧倒されるような気持ちになったのを覚えています。黒一色の大きな字で書き殴っているとか、A4紙を赤字で埋め尽くしているとか、そういう堂々としたシンプルさに気圧されたというか。そういったものはどれも持ち主に最適化されていて、とても真似はできませんでした。
今考えると、その「真似ができない」ということこそが真似るべきポイントだったなと思います。私にしか通用しない、他の人の参考にはならない手帳。私はそこまでやらないと手帳と仲良くなれないなと。
つまるところ
「見るもの」として手帳や手帳術に憧れるというのは、これからも私の中で続いていくだろうと思います。好きな有名人や美術品などを眺めるのと同じように、素敵だなあと思い続けることでしょう。
そこから「使うもの」としての手帳を切り分け、自分の無意識と対話しながら突き詰めていった結果、人には全く勧められないような自分ルールに満ちた奇怪な手帳らしき何かができてきました(そもそもB5サイズのノートを手帳と呼ぶのは苦しいですが)。
ちなみに人と会って予定をすり合わせたりする際に相手に見せられないのは不便なので、そのあたりの対策は講じていますが、基本的には自分以外の人に通用するポイントはもはやなくなってしまったように思います。別に自分だけのオリジナルの手帳・ノートを作りたかったわけではなかったのですが、自分の心の言うことを聞いていたらどんどん「普通の手帳」から離れてしまったんですよね。まあそれでもいいやと今は思います。普通の手帳に合う形であったら既製品をそのまま使えたのにという面倒臭さはちょっとありますが。
そして手帳に書き込むという行為の難易度が下がって普通に書きたい時に書けるようになってくると、ちゃんとその中身に集中できるようになりました。「どう書くか」じゃなくて、「何を書いたか」です。そこに集中するということが全然できていなかったのだと、集中できるようになって初めて気がつきました。なんという本末転倒。ずっと手帳に、いや手帳を使いこなしたいという表面的な願望に振り回されてきたのだと実感しました。
今は「変な手帳」とともに随分とスッキリした気持ちで過ごしています!