デジタル手帳会議を実践している記事に付けるタグ。
「デジタル手帳会議」タグはデジタル手帳会議自体について語っている記事に付け、「デジタル手帳会議(実践)」はいまデジタル手帳会議をしているという種の記事に付ける。
ノートフローの検討であり、ノートツール環境スナップショットと重複する。
2025年からは月間振り返りに組み込むことになった。大規模な検討をする時があればこのタグを付けて投稿する。
動じないために。
デジタル手帳会議を実践している記事に付けるタグ。
「デジタル手帳会議」タグはデジタル手帳会議自体について語っている記事に付け、「デジタル手帳会議(実践)」はいまデジタル手帳会議をしているという種の記事に付ける。
ノートフローの検討であり、ノートツール環境スナップショットと重複する。
2025年からは月間振り返りに組み込むことになった。大規模な検討をする時があればこのタグを付けて投稿する。
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「手帳とともにある生活」に漠然と憧れがあります。いや、憧れというより、そのようでなければ生活というものは完成しない、というような気持ちがあります。
Scrapboxで自分が扱っていたものはつまり「がらくた箱」なのだ、ということを「賢くなる」と情報ツールの位置関係で見出してから整理を進めてきたわけだが、自分の関心に関わることでもうひとつ考えるべきものに思い当たった。「がらくた箱」に対するものとしての「宝石箱」である。
ここ数日デジタルノートツールの使い方について色々考えている。
がらくた箱・知の箱の話と豆エッセイの話は特に関連性なく考えていたことだけれど、統合できる気がするので併せて考えてみる。
「賢くなる」と情報ツールの位置関係で、「がらくた箱」と「賢くなる」ための情報ツールについて書いた。
何度も考えたような気はするのだが、なんとなく曖昧になってきていたので今この違いに気づきを感じている。
今月のお題について、既に書いた気になって書いていなかったので、滑り込みで書きたいと思います。(別にオーバーしても全然構わない場だと思います、念の為。)
ずっと前から恒例のことなのだが、何かのツールについて「使っていない」と書くと間もなく使い始め、「使っている」と書くと使わなくなっていく。
なのでつい先日書いた ノートツール環境スナップショット(2023/09) の状況から既に変わりつつある。
自分が日常でどういうツールを使うかというのは日々変化している。そうそう変化しない方がいいと思うのだが、しかしそう思っても絶えず変化してしまっている。
ブログ記事にあれこれ書きながらも程なくしてそのやり方はやめてしまった、というようなこともかなりあるので、結局実情はどうなのかというのは別途定期的に残した方がいいのかもしれない。
昨日、短文投稿サービスを彷徨うという記事を投稿した。その中で、Twitterには「自分の内面を自分で引き出す」という効用を感じているが、しかしそれはTwitterでなければならないものではないかもしれない、ということを考えた。