アウトライナー×つぶやき×平面配置①~経緯編~
前回(メモを取ろうとすると文にできなくなる件)、Twitterなら十分に読みやすいメモを書けるのに自分だけが見るメモ用のツールにメモをしようとすると雑に書いてしまうのが不本意だ、という主旨のことを書いた。
そのことを解決するデジタルノートツールを作ったので、そこに至るまでの経緯とツールの様子について書いていくことにする。長くなるので前半後半に分け、今回は経緯の話をする。
動じないために。
前回(メモを取ろうとすると文にできなくなる件)、Twitterなら十分に読みやすいメモを書けるのに自分だけが見るメモ用のツールにメモをしようとすると雑に書いてしまうのが不本意だ、という主旨のことを書いた。
そのことを解決するデジタルノートツールを作ったので、そこに至るまでの経緯とツールの様子について書いていくことにする。長くなるので前半後半に分け、今回は経緯の話をする。
文章の勢いというものについての投稿を拝読しました。
私も自分なりに「文章の勢い」が何かということについて考えてみたいと思います。
うちあわせCast第百十五回を拝聴した。メモ術・ノート術・執筆術の違いが語られており、うんうんそうだよねと思いながら聴いていたが、それはそうと自分の「文章を書き上げるために書くもの」はどんなものかを考えると、なんだかよくわからないなという気がしてきた。
「何が言いたいのか分からない」と言われることがある、ということを吐露した投稿およびそれに同意するレスポンスを拝読した。(どなたのどの投稿かということは、明らかにした方がいいかどうか判断できなかったので、とりあえず書かないでおくことにする。)
一ヶ月ほど前に、最近Scrapboxを自然に使えるようになったという記事を書いた。(「いずれでもない」の受け皿としてのScrapbox)
今回は、要するに何が私を邪魔していたのか、ということについて考えようと思う。