テレビでもラジオでも頻繁に耳にするが、「やる」の尊敬語として「やられている」と表現するのはどうも馴染まない。
「されている」「なさる」「おやりになる」ではいかんのか?
というか、「やる」を日常的に使いすぎでつい「や」で始めてしまうからもう「やられている」と繋げるしかなくなってしまうのではないか。
総じて話す態度が軽率過ぎる。考える間もなく発話してしまうから後手後手で帳尻を合わせる羽目になっているように思う。そしてそんな調子で帳尻が合うわけがない。
仕事として人と話をする場なら発話にあたって表現を適切に整えるくらいの思考時間はあって然るべきだし、相手がそれすら待てないようならばそちらの方が公の場で話す態度としてどうかしている。
