「これまで書いたことがないことを書いてみる」というテーマが提示されて気づけば三週間ほど経ってしまいました。その間に倉下さん富山さんねじまきさんのご投稿があり、どれも大変興味深く拝読しました。

私も何かないかなあとずっとぼんやり考えていましたが、多分ぼんやり過ぎて、

「自分は何を書いてきて、何を書いてこなかったのか」を振り返る必要がありますし、もっと言えば「実はこういうものを書きたいとちょっと思っていたのだ」というちょっとした欲望を掘り出す必要もあります。

ということを成すにはエネルギーが足りなかった感があります。ちょっと反省。

元々このトンネルChannelという場はそういう試みを含んだ場と思いますので、今月に限らずこの先も考え続けていきたいと思っています。

 

そんな中でもとりあえず何かしら初めてっぽいことをやってみようと思ってこの投稿が生まれています。

一昨日Twitterコミュニティの方で「これまで書いたことがないもので書けそうなものってなんだろうなあと考え始めて気づけばもう24日!」と呟いたところ、タカヒロトさん(富山さん)から「『24日』という題名の、悩ましい執筆者のいくつかの事柄を」とリプライをいただきました。

ということで、「題名と内容の方向性をおおよそ指定された文章」に挑むということにします。いつも自分本位に書いているので私としては珍しいことです。内容については、(ご提案いただいたことの解釈として合っているか怪しいですが、)「書けそうなもの探しに悩む書き手」の話とします。

 

さてタイトルは「22日」としました。やり取りから2日経っているのにむしろ2日減っていますが、これはテーマの提示が今月4日だったので、経過日数で数え直したことによります。22日経過しているわけです。22日もです!

先に倉下さんのご投稿から引用しましたが、「書いたことがないことを書いてみる」ということにあたっては、二段構えで自分と対話する必要がありました。

  • 自分は何を書いていないのか?

  • 自分は何を書いてみたいと実は思っているのか?

書いてみたいと少しも思っていないものはちょっと難易度が高すぎるので、現実的には逆の順で「実は書いてみたいかもしれないこと」をまず探して、その中で「実際に書いていない(あるいは明らかに書いた経験が少ない)」ということを判定する流れになるかもしれません。

いずれにしても「実は書いてみたいかもしれないこと」を自分に問う必要がありますが、これがとても大変です。歯ごたえ十分です。ゆえに月間テーマとして相応しいと思いますが、私のようにゆったり構えていると一ヶ月では足りなくなってしまいますね。

この難しさというのは、必ずしも「ちゃんと書こうとしすぎている」ということが原因となっているわけではありません。もちろんそれが枷になる可能性も十分あります。が、もっと単純に、「実は書いてみたいかもしれないこと」に焦点を当てる事自体に結構苦労する感じがあります。

 

というのも、「書ける何かがあるかどうか」というのは無意識のレベルで判別してしまっているようなところがあるからです。書いたことがないものなどない、なんてことは絶対にありえないはずで(全知全能の大作家とかでない限り、絶対と言い切っていいと思います)、どこを見ても書いたことがないものだらけです。自分の視界に入る物についても、自分の経験についても、自分の好みについてさえそうです。

そもそも書ける何かなのかどうか、というジャッジが無意識下で速やかに行われてしまうと、「書いてみたい」という欲望が存在することに思い至ること自体がなくなってしまう感があります。例えば「わたしとスマートフォン」というテーマの文章を書いてもいいわけですが、今まさに手の内のスマートフォンに目をやっていたとしても、そういうテーマがありうることに全然思い当たらないという可能性があります。

ちなみに、今私は「絶対みんなに関連する卑近な例」を探そうとして「スマートフォン」という単語をひねり出しましたが(そして「パソコン」も)、この投稿を書こうという中でそういう意識を持ったことで初めてスマートフォンに焦点が当たりました。スマートフォンについて書いてもいいかもしれません。多分まともに書いたことはありません。でも書けることはそれなりにあるはずです。

 

月間という比較的短い期間のテーマであるということから、私は「技量的に無謀ではないもの」から選択しようという判断をしましたが、それも可能性を狭めるひとつの要因になったでしょう。

例えば、私は小説を書くことがないではないですが、「物」を主人公にした小説などは書いたことがありません。例えばスマートフォンを主人公にした小説を考えてみてもよかったでしょう。結構な大挑戦です。

あるいは詩なんかは小学校の授業でやったきりです。元々詩作に苦手意識がある上に、年齢を重ねれば重ねるほど「今更稚拙なものは作られない」的な意識が高まって挑戦が難しくなりますが、詩人や作詞家が職業として成り立つくらいですから、そもそもみんなが巧みに作れるわけはないのです。他のあらゆる芸術やものづくり等と同様に下手でもやっていいことで、最初から除外してしまわなくてもよかったと思います。

どちらも、自分自身にできるかどうかが不透明すぎて、今ここに至るまで考えもしませんでした。この文章を書くために「無理だと思っているもの」に敢えて焦点を当てることで、そういう選択肢が意識に上りました。こう書いてみると、「いや、ちょっとやってみてもいいかもしれない」と思えてきます。

一歩を踏み出して着手したとして、やっぱり恥ずかしくて投稿は諦めるかもしれませんが、しかし「やってみてもいいかもしれない」と思うかどうかは大きな違いになりそうな気もします。案外いけるかもしれないのです。そういった変化こそ、倉下さんがこのことをテーマに掲げた狙いであろうとも思います。

 

そういえば、「気づけばもう24日」のツイートをした後に、坂本龍一の音楽についてのツイートを見かけて、ちょっと音楽について書いてみようかと思ったりしました。音楽の素養は無きに等しいですし何かこだわりがあるのでもないですが、自分にとっての音楽とは、ということなら書けるでしょう。あるいはとあるテレビ番組について書こうかとも考えました。

いずれも「気づけばもう24日」と自分が呟いたことによって引き出されたように思います。

 

テーマの提示から20日あまりが経ち、このまま何もしないでテーマをスルーしたらなんだか「負けた気がする」と思って先のツイートやこの投稿を書いたわけですが、24日の時点では確かに候補がゼロでした。三週間何をしていたのか、と自分で思ってしまいます。

しかし、「負けた気がする」という個人的な気持ちを払拭したいがために辛うじて1ミリくらい挑戦要素を含んだ文章をこのように勝手に書いていたところ、何もなさそうな砂場に磁石を転がしたら砂鉄がもさもさくっついたといった風に、ちょっとしたテーマが集まってきました。

いつの間にか、書けそうなものをいくつも抱えていることになっています。

これはやはり「書く」ということが持つ力なのでしょう。何もないなら何がどう「何もない」のかを書いてみる。この一本の「勝手に書いた文章」は、ぼんやりした22日分を取り返すくらいの意味が私の中ではあったと思います。

まあしかし、まだ候補を見つけただけで、「本当の挑戦はこれからだ」という段階ですが…。何かしらチャレンジしたいところです。

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