前回に引き続き、うちあわせCast第百十五回に関連して。今回はアイデアメモの取り方がうまくないということについて。

 

 誰しももはや耳にタコができるほど聞いていることだろうが、思いついたことというのは、その場で書き留めないとたちまち霧散してしまうものだ。思いついた時は「こんなに印象的な閃きを忘れるわけがない」と思ったりするわけだが、多くは一時間も経たない内に「印象的な何かを閃いたはず」という気配だけを残してすっかり消え去ってしまう。閃いた瞬間は何度でも「閃き直す」ことができそうに思えても、結局は一度逃したら永久に戻ってきてはくれないことばかりだ。本当に重要なことは閃き直すことができるにしても、それはごく限られた発想だけだろうと思う。

 この通り思いつきというのは「書き留めないと失われる」ものだが、じゃあ書き留めさえすれば失われないのかと言うと決してそうではない。自分で書いたメモなのに、何日か経つと意味の再現にもたつくようになり、何ヶ月や何年とかいう単位で時間が経過してしまうともはやただの文字列に過ぎなくなる。その文字列を見てその場で新たに何かを閃くことはあっても、メモを取った時の自分の心境やそこにあった文脈を再現することは叶わない。

 

 なぜ再現できなくなるのか。それは「読める」ように書いていないからだろう。思いつきの前提にある環境・心情・文脈というのは、情報量としてなかなか膨大で言語化は容易でないものなので、メモにいちいち書き添えてはいられない感じがする。しかし多くの場合、それらの周辺情報がなければメモというのは意味を成さない。よって、もし未来の自分に活用してもらいたいのならば、何らかの形で周辺情報は添えておかなければならないだろうと思う。

 例えば日記の中にメモを書いたとして、それを後から読み返すとする。その場合は、他に日記として書いている内容も再読して前提を自分にインストールしたならば、ある程度周辺情報を再現できるのでメモの意味がわかる可能性も高まる。ただその場合、まず「日記を読む」という行為が先にある必要がある。基本的には、日記を読みたいから読み、その副産物として偶然メモを発見できた、という流れになるだろう。

 そうではなく、日記の中に埋もれさせずに「メモを書き溜めておいて、それを活用する」という格好にしたいのならば、「たまたま日記に周辺情報を書いていた」という偶然任せにせずに、他の積極的工夫をした方が良いのだろうと思う。(とはいえそこまでする必要があるのかどうかは人それぞれだろうし、無意味にメモの活用に囚われて「メモのためのメモ」になってもしょうがない。)

 

 私の中でうまくいっているやり方がひとつあって、それはTwitterを利用することだ。(うまくいっていると言っても、狙ってやって成功したのではなく、考えてみるにこれがうまく働いているじゃないか、と後になって思ったものである。)

 アカウントは公開でも非公開でもいいのだが、何かメモしたいことがあったら、それについて「他人が読める文章で」「可能な限り140字埋める」ということを心がける、これだけである。これだけだが、簡単だと言いたいわけではない。みんなもTwitterにメモするといいよ、という話をしたいのでもない。

 ツイ廃としての長年の鍛錬(?)の甲斐もあって、140字単位の文章にすることにはそこまで苦労はない(ただしたった140字とは言っても何秒かあれば書けるというものではないので、時間はあっという間に溶けてしまうという難点はある)。前回の記事アウトラインではなくキューを作るで書いたように、読み手の存在を意識することでずっと書き続けていられるタイプでもある。前提を共有していない他の誰かが読めるような文章で書こうとするわけだから、自然と未来の自分が読み返した時にその話の前提を取り戻しやすいものになる。

 つまり――思いつきをその場で文脈とともに文章化すること自体は、できなくはないはずなのである。

 

 ところが。

 もしTwitterの画面を開いていたならばそこに文章化できたメモでも、他の「メモのための場」に書き留めようとするとそれがなぜか全然そうはならない。如何にも「メモっぽく」メモを取ってしまうのである。

 より短く簡潔に書き留めた方が勝ちかのように、ササッと書いて済ませようとしてしまう。つまり「敢えて読み物にしないようにしている」という状態になっている。本当はちゃんと文章化した方がいいとわかっているのに、「メモなんだし」という意識がそれを邪魔している。一秒でも早く「メモを取る」という行為を終わらせたいという気持ちになっている。元の作業に戻りたいという意識がなくとも(つまり暇でも)、メモ書きは可及的速やかに終わらせたい。

 変だよなあと思いながらも、この気分のコントロールは失敗しっぱなしで現在も解決できていない。代わりに少しでも見返したくなる環境にして書き加える機会を増やそうとはしていて、それはある程度は有効に働いているが、結局ツイート下書き画面なら数分かけただけで書けたはずのことを、あの手この手を尽くしてもそのレベルのメモにならないという状態になっている。もちろん腰を据えてノートを作る気になれば充実させることもできるが、それはもう「メモ」から離れた別の領域のものになっている。

 

 じゃあ全部ツイートにすればいいのではというと、そういう話にもならないのが困りどころで(何しろ整理・管理がしづらい)、できればツイート画面だろうがメモ用ツールだろうが変わらず淡々と書けるようになりたいのだが……どうすべきかは未だわからない。(書いているうちに何か思いつくかと思ったが、残念ながら今回はそうならなかった。)

 

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