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Obsidian日誌:フォルダ分けにDoMA式の「フラットスタイル」を採用する
普段、日記や考え事にはObsidianというMarkdown管理ツールを使っている。
Obsidianとは何かということについては、簡潔に言い表すのが難しいので以前noteに書いた記事をお読みいただけると幸いである。この記事の最後に素晴らしい解説記事の数々へのリンクも貼ってあるのでご活用いただきたく。
さて、毎日Obsidianを使ってあれこれメモして考えて熟成させてということをしているのだが、ObsidianはPC用のデスクトップアプリであり、Obsidianの優れた検索・リンク機能はスマートフォンでは使えない。似た環境を用意できるものとしてiPhoneでは「1Writer」というアプリが良いらしいという話は聞くが、当方はAndroidを使っているのでそのアプリには頼れない。ゆえに、スマホからファイルを開きたくなったときにどういう格好であったらよいだろうかということを前から考えていた。
唸っているうちにはたと思い出したのが、「DoMA式」である。
DoMA式とは、倉下忠憲さんがブログ「R-style」にて編み出していらっしゃったWorkFlowy運用術のことである。ネーミングについては倉下式WorkFlowy運用術 その5: DOMA式 – R-styleにてお書きになっているのでそちらを参照のこと。
私はリアルタイム(2020年6月)でその連載を読んでいて甚く刺激を受けたのだが、当時は如何せん自己が混乱しておりうまく取り込むことができないでいた(混乱のさまは「アウトライナーの使い方ド下手問題」にて)。
DoMA式の基本となる要素は以下の三つである。
それぞれの意味するところについては是非倉下さんの各記事をお読みいただきたい。
なお、DoMA式は主にアウトライナー上で項目を動かし自分の注意に合わせて情報の形を変えていくことがキモであり、今回私がしたいことはDoMA式の思想からインスピレーションを受けてのものではあるが、DoMA式をそのまま採用したものではないことをご了承いただきたい。
Obsidianのフォルダを管理するにあたり私が思いついたのは、DoMA式の三要素のうち「注意オブジェクトモデル」に基づいて作ったフォルダを「フラットスタイル」で並べるというやり方である。つまり、分類によってではなく自分の関心を基準としてファイルをまとめたフォルダを、階層化せずにルートフォルダ直下に並べるということだ。
「フラットスタイル」を用いるのが良い理由は二つある。
ひとつは、取り出したいファイルを最短距離で開くことができるということだ。「あれを見たい!」と思った時にさっと取り出せるのが理想である。分類のために階層が何層にも作られていると、あそこにあるとクリアにわかっていても辿り着くために絶対的に手間がかかる。もちろん「お気に入り」の設定など種々の努力でショートカットはできるが、Obsidianに限って言えば、そもそも分類のための階層をフォルダによって作っておく必要がないため、フォルダ構成自体を単純にすることを考えても差し支えない。
もうひとつは、今自分が注意を向けたいものが一目で判るということである。これについては必ずしもフォルダ構成によって達成する必要があるわけではないが、「Obsidian上で今何がホットか」を示したいという場合にはObsidianのフォルダ構成でそれを可視化するとシンプルにわかりやすい。
また、Obsidianのフォルダだからこそ「フラットスタイル」を採用できるという理由もある。
上でちらりと触れたが、Obsidianはタグ管理と検索、サジェストが強力である。タグはネストさせることができるので、フォルダの分類で試みるような階層管理もタグによって実現できるし、更にタグは複数つけることができるので階層管理をしながら同時に「こうもり問題」も解決される。よって、普段ファイルエクスプローラを使う理由は全くと言って良いほど無い。
つまり、階層管理をすっかりタグに任せてしまうことで、フォルダの構成についてはスマホからのアクセスの利便性にだけ集中できるのである。
では、具体的にどうしているのか。以下が普段使っているVault(Obsidianのフォルダ)の状態である。
まずフラットスタイルではないフォルダについて書いておくと、「_DailyNotes」と「_Zettelkasten」はそれぞれ「デイリーノート」と「Zettelkastenプレフィクサー」のプラグインによって作られるファイルの居場所であり、「Boards」は「Notice Board(掲示板、立て札)」の意味で、使用頻度の高いリストが入っている。「Attachment」は画像類で、「Config」はObsidianの運用そのものに関するメタな位置づけのファイル置き場である。「」だけのフォルダは、それら以外の様々なファイルが分類したりしなかったりでごちゃっと入っている場所である(タグとリンクが機能しているのでObsidian上では整っている)。
そして灰色で塗り潰してしまっているのがフラットスタイルによるフォルダなのだが、現在たまたま人に見せにくい情報になってしまっていたので(それっぽいダミーを作る手間を横着して)隠している。ここには例えば「確定申告」とか「○○執筆」とか「引越用資料」とかいうフォルダが、自分にとってホットである間の期間限定で並ぶことになる。
先にフラットスタイルを用いる理由として、「あれを見たい!」と思った時にさっと取り出せるのが理想と書いたが、逆に言えば「あれを見たい!」と思う可能性が明らかに低いファイルは、目立つところやわかりやすいところにある必要がない。だから、取り出したい期間だけルートフォルダ直下に出張し、そしてその期間が過ぎれば「_」フォルダの中のどこかにしまわれることになる。
実のところ、過去の何かしらのフォルダ管理に於いて、そういう形で「今使うもの」を直下に置くということをしなかったわけではない。むしろ、いつも"そうなってしまっていた"。しかしそれは常に不本意だった。なぜなら、既に作り上げた分類に今使っているファイル群を収めていくのが面倒であるがために適当に仮の場所を作ってやっている感覚だったからだ。そのフォルダの粒度は、既存のフォルダ構成のどの部分とも合っていないのだ。
システムとしてフラットスタイルが成立するのは、全体が「注意オブジェクトモデル」つまり「客観的分類ではなく自分の主観に基づいた塊の作り方」に沿っているからだろうと感じている。「客観的分類からのはみ出し」としてとりあえず一時フォルダを作るのではなく、今向けている注意の塊はその前もその後もその塊のままあって良いのであって(もちろん適宜解体しても良い)、その塊のまま自分の注意のランクに応じて移動できる必要があるのだ。
常に自分の注意に合わせてフォルダを作ってしまいながら、結局それが整理上の混乱の元になるか、それともそれこそが整理に成功する要となるかという正反対の結果があり得るのである。DoMA式に対して感じるひとつの大きな意義は、自分の注意に基づく塊を作るということを、「分類が面倒くさい」という怠惰の結果ではなく「そういうシステムである」と考える発想の転換をもたらしてくれたことである。大袈裟なようだが、私にとってそれは確実にコペルニクス的転回であった。
ということで、今回はObsidianのフォルダ構成に「フラットスタイル」そしてその前提として「注意オブジェクトモデル」の考え方を採用してみたという話をした。
これについては今後「やっぱり違うやり方が良い」と思う可能性はあまりないような気がしている。
Backlinks
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