2022年ももう終わりということで、今年一年の振り返りをしたいと思います。何か活動をしたというわけではないので、単に私個人の内省となります。
今年はプログラミングの一年でした。1月27日から勉強をスタートし、新たに習得したりある程度馴染んだりしたのは以下の通り。
JavaScript
・Node.js
・Electron
・TypeScript
・React
Python
AutoHotkeyのスクリプト
コマンドプロンプト、VSCodeのターミナル
・Gitのコマンド操作
・Node.jsのコマンド操作
このブログの更新もプログラミングに関することがほとんどだったかと思います。その内、プログラミングを勉強するのはなぜなのか、勉強するとどんな良いことがあるか、ということをメインに書いた記事を並べておきます。
JavaScriptの勉強を始めた時、目標としていたのは「ちょっとしたアプリケーションっぽいものを年内に作れたらいいな」ということでした。
この「ちょっとした」というのは本当に「ちょっとした」ことで、テキストエリアに打ち込んだテキストをどこかに保存する、くらいのイメージです。プログラミングで実現できることの難易度というものが全く想像できていなかったので、フリーウェアで配布されているようなものをイメージして「アプリケーションを作るとなると相当時間がかかるだろう」と踏んでいました。
しかし実際には、最初にイメージしていた「ちょっとした」ことというのは一週間もあればできてしまうようなものでした。教材選びに失敗するともう少し手間取るかもしれませんが、ともかく、コードとしては想像より遥かに簡単だったのです。
そして複雑なことも「ちょっとした」コードの組み合わせによってできているので、ちまちまやれば初学者でもそれなりのことができてしまいます。組み合わせて組み合わせて、二ヶ月後にはアウトライナーを作れるようになり、今ではデジタルノートツールは「自分で作るもの」になっています。
去年までとは比較にならないほどデジタルライフが自由になったと感じています。文句を言う暇があったら自分で作るというマインドになったので、ツールに対する批判精神は失ったと思いますが、その代わりにパーソナルコンピュータが持つ可能性に対して主体的になっていくことについては色々と考えられることが増えました。パソコンを使えば自力でできることはいくらでもあるのに、誰かが作ってくれた何かに頼りっきりなのはもったいないな、という気がしています(ですが、活用するには相応の労力を費やして格闘する必要が生じるのが難しいところです。誰でも簡単に、とはいかないでしょう)。
書き物については、トンネルChannelへの投稿も合わせると去年よりかは多くなりました。ただ、作ったツールの話が結構な割合を占めていることを考えると、考えを言葉にする活動としては投稿数の増加ほどは活性化していない感じがします。いずれにしても絶対量として納得の水準には達していないので、もう少しさくさく書いていきたくあります。
それでも、ブログでは基本的に「知っていることを書く」のではなく「知るために書く」ということをしているので、書いた分だけ新たに何かを知ったことになります。遅々とした歩みですが前には進んでいるという感じはします。
ただ今年は、自分のための言語化という側面が強くなり過ぎて、全体的にちょっと読みづらい文章になっていたかもしれないという反省があります。全記事を読み返したのですが、論点を同時に走らせたり全方位的に保険を掛けたりする傾向が目立っていたように感じました。来年はその辺のところを改善していきたいと考えています。
各記事一文を抜き出した総集編を作ったので、よろしければお立ち寄りください。
内面を振り返ると、このように文章の語り口にも現れていたことですが、やや保守傾向が強まっていたという感じがします。去年は新たな土地に進撃していくというような果敢さが多少ありましたが、今年は完全に守りの姿勢でいました。普段の生活でも若干そのようなところがありました。「自分がどこかに出ていく」ということより「自分のところに何かが来る」ことに意識が向いていて、その分だけ神経質になっていた感があります。
その原因となっているものがなんなのかは自分でもよくわかりませんが、昨年のうちに繋がりや居場所を得たことで、それを安住の地にしようという気持ちが働いていたのかもしれません。あるいは、プログラミングを通して一年中自己対話に明け暮れていたので、自分の思考のフィールドが自分という範囲に限られていたからなのかもとも思います。
もしくは、ニュース記事をTwitterのタイムラインに流すようにしたことで、世界に存在する不愉快さを摂取し過ぎたということもあるかもしれません。ずっとうっすら嫌な気分だった感があります。世の中のことは知りたいですが、こういう犯罪があった、こういう事件があった、戦争はこういう状態だ、といったことを知り過ぎるのはあまり良いことではないように思います。楽しいニュースを見る機会も増えはしたのですが、愉快な知らせひとつで嫌なニュースひとつがチャラになるわけではないのですよね。
まあ「しいたけ占い」とかその他の占いなんかを見るに、自分にとって問題があった時期の欄に「なんか起こるぞ」的なことが書いてあったりしたので、よくわかりませんがそういう時期だったのかもしれません。占いの類を信じているというのではないのですが、理由を見つけにくいものや理由を探すのが面倒なものについて「そういう時期だったんだな、はいこの話は終わり」みたいに使ったりしています。
なんにせよ、この一年、ブログを読んでくださった方々、関わりを持ってくださった皆様、どうもありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
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