例えばBlueskyにポストしたようなものを紙に書き直そうかと一瞬思ったものの、300字みっちり書いていた場合「般若心経が260字ちょっと」ということを考えるとちょっと無理かもしれないという感じがしてくる。
そして「じゃあ印刷するか?」とこれまた一瞬思ったものの、多分1頁に3~4ポストくらいしか入らないのでえらい枚数になってしまう。印刷代も馬鹿にならないし、単純に紙が増えすぎる問題もある。
デジタルのメモをわざわざ紙化しようとしているのには理由があるけれど、実際やるのは無謀かもしれない。
ところで夏井いつき先生は俳句に関して「言葉の経済効率」という言い方をする。それで言うと般若心経はあまりにも言葉の経済効率がよすぎる(漢文なのだからそれはそうということはある)。
そして自分の言葉の無駄を反省している。放流すれば読んでくれる人がいて、自分の言葉に無駄があるならば、その人の時間をただ奪ったということになる。読むかどうかは読み手の責任と言ったって、関係性の都合上、読まないことを選択するのが現実的でないということは普通にある。それをわかっているならば、必要な分だけ差し出すようにした方が誰にとってもいい。
今日は無駄な言葉をたくさん放ってしまった。反省。